自分史とは(第1回)

“自分史”という言葉が市民権を得るようになったのは、歴史家 色川大吉氏が1975年に「ある昭和史 自分史の試み」と題した著書を世に発表してからと言われています。 それまでは自叙伝や自伝と呼ばれ、多くは著名な成功者が、自分の一生もしくは半生をいわゆる立志伝などとして書き綴ったのでした。 誰もが知る典型的な自伝は「福翁自伝」ではないでしょうか。

ある昭和史自分史の試み
色川大吉著 ある昭和史自分史の試み

色川大吉氏は、自分の太平洋戦争経験を綴った「十五年戦争を生きる」編の書き出し“わが個人史の試み”で、次のように力強く自分史を表現しています。

“人は誰しも歴史をもっている。どんな町の片隅の陋巷(ろうこう)に住む「庶民」といわれる者でも、その人なりの歴史をもっている。それはささやかなものであるかもしれない。誰にも顧みられず、ただ時の流れに消え去るものであるかもしれない。しかし、その人なりの歴史、個人史は、当人にとってはかけがえのない、”生きた証し“であり、無限の思い出を秘めた喜怒哀楽の足跡なのである。 ― この足跡を軽んずる資格をもつ人間など、誰ひとり存在しない。”

元祖が語る自分史のすべて
色川大吉著 元祖が語る自分史のすべて

絶版となっていた色川大吉氏の著書「“元祖”が語る 自分史のすべて」が、先ごろ復刻版として河出書房により発行されました。

その帯文にある、自分史生みの親が伝授する極意は、

  • 自分史はどこから書き始めても良い。書き方も自由で、気楽な気持ちで。
  • 下手でもいいから速く書くこと。一度ペンを止めると文章に力がなくなる。
  • 「自分史」の中で一番人に共感されるのは、失敗談。
  • 人生は矛盾だらけ。良いことも悪いことも、まずは書き出してみる。
  • 親の書いた自分史を子供が手伝うと、見栄や勝手な感情が入りやすい。

とあります。

立花隆著 自分史の書き方
立花隆著 自分史の書き方

立花隆氏は「自分史の書き方」を2013年に著しました。この本は2008年に立教大学に生まれた、シニア世代向けの独特のコース「立教セカンドステージ大学(RSSC)」で氏が開講した「現代史の中の自分史」という授業の実践記録として出版されました。

第1章「自分史とはなにか」の中で自分史を書くということについて氏なりの考えを述べていますので、一部抜粋してみましょう。

世界は、モノの集合体として存在するとともに、同時代を構成するたくさんの人間たちが共有する壮大な記憶のネットワークとして存在している。<中略>一人の人間が死ぬと、その人の脳がになっていた、壮大な世界記憶ネットワークの当該部分が消滅する。一人の人間分の穴があいた記憶ネットワークは、前と同じものではありえない。” ― と述べ、この抜け落ちた一人分の記憶が世界全体のネットワークに対していかに小さいか、しかしながら親族にとってはどんな意味があるかなどに触れた後に ― “三代ぐらいは自分史として記録しておかないと、子々孫々の中から、「そういえば、うちのひいじいいさん(ひいばあさん)はどういう人だったんだろう」と興味をもつ人が出てきたときに、なにも手がかりがないということになる。” と記しています。

また、私の属する“一般社団法人 自分史活用推進協議会” 推薦図書 “失敗しない自分史づくり” の“はじめに”の中で、「名もない人、ごく普通の市民が自分の人生を振り返って書くのが自分史です。」と非常に端的に分かりやすく定義しています。

前田義弘他著 失敗しない自分史づくり
前田義寛他著 失敗しない自分史づくり

私は「自分史とは、作りたいと思った人が、思うがまま、書きたいように書けば良いし、その形態も必ずしも本である必要はなく、様々あって良い。 ただし、自分“史”と呼ぶ以上は事実に基づくものであり、自分だけの思いや感情記述だけでは成立しない。その当時の社会、経済などの状況にいかに対峙して生きたのかといった客観性をも盛り込む事が要件である。」と解釈しています。